カテゴリ:葉っぱの会( 2 )

小さな葉の上の大きな世界

 季節が変わり温度の上昇と共に、沢山の虫が森を賑わすようになりました。

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d0047078_15555031.jpg私たちが気づくかどうか?そんな事にはお構い無しに 森の中には沢山のドラマで満ち溢れているます。

食べる者もあれば 食べられる者もあります。
そんな 当たり前の事が毎日繰り返されています。

 「葉の上」

 そこにはいろんな生命がいます。
そしていろんな生命がいれば 必ずそれを糧とする生命が存在し その生命もまた捕食され そんな豊かな生態系が森を支えています。

 そんな自然の中にいると それがグロテスクかどうかは、別世界の私たちの勝手な判断基準であり それぞれに必死に生きてる・・・ただそれだけの事のように思うと妙な爽やかさを感じるときがあります。

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d0047078_1559035.jpgとは言ってももちろん私も嫌いな虫もありますが、そんな虫でさえ こいつらは 今を一所懸命生きてるだけなんだ! そう思えたとき 少し違う感情が沸き起こってきます。

 「蜘蛛」は、結構嫌われる方も多いと思います。が、葉の上でじっとしている蜘蛛は、また面白い存在なのかもしれません。まったく 微動だにせずに・・・じっとしているんですが、獲物が来たときのすばやさは全く目にも止まらないと言う表現がピッタリです。

 そんな蜘蛛ですから 私は怖いものが無い存在のような錯覚を持っていましたが、しかし葉の上の蜘蛛にせよ 蜘蛛の巣の蜘蛛にせよ 彼らは近づくとすばやく身を隠すものが多いんです。と、言うことは逃げる理由・・・つまり 彼らも捕食される生命なのだと思いました。

 その葉を食べるものもいます。


d0047078_15595924.jpg 新しい季節の始まりには 本当に小さかったバッタやツユムシのその他の昆虫も日を追うごとに成長しているようです。

 これらの虫は、小さな頃 葉の上のベッドで守られているようにちょこんと乗っかっていたのが、いまではしっかりとつかまって自分の意思で生きているような感じをうけます。


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また葉に擬態するものもいます。
なんでこんな格好で・・・・?
そんな風に思えるコケティッシュな擬態もあります。
全く 自然は・・・・いや その中の葉っぱの上だけの世界を見ているだけで飽きることのない大きな世界があるように感じます。

これから 夏にかけて今以上に沢山の命のやり取りが「この小さな葉の上の大きな世界」で繰りかえされるのでしょう・・・・
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by squeu | 2005-06-09 21:15 | 葉っぱの会 | Comments(6)

葉っぱについて考える・・・・


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 もう 新芽の頃は過ぎましたが、まだまだ新しい生命の息吹の色が雑木林のいたるところで感じられます。
 
 「花と葉」 どちらが好きかそう質問されたら 私は「葉」と答えると思います。

どうしてなんだろう・・・・?

 ここから考えると何かこじつけのようになってしまう気もしますが・・・・笑!

花よりも葉の方が美しく感じるのは、あまり一般的ではないのだろうと思います。

もちろん 花は花で美しいと思いますが・・・・・

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 花はいわば、一時の輝き と言えるのでは思います。
生命が一番燃えるとき、人でも動物でも もっとも輝く瞬間なのかもしれません・・・・文字通り 華やかに あるものは可憐に たおやかに・・・・・おおよそ 昔から言われている文学的な女性の表現は、全てといっていいほど花を表現するのに使えるのではないかと思います。

 そんなある種一瞬の(人生の中でも)艶やかな世界が花にはあると思います。

 それに比べて 葉っぱはどうでしょう?

 花のように一瞬の儚さなど当然あまり感じないでしょう・・・。

しかし 花とは違う種類の輝きがあるのではないでしょうか?

d0047078_16311464.jpg 冬 広葉樹はすべての葉が落ちます。
そして 冬の終わりごろ 春が近づくとどの木の枝にも小さなつぼみのようなものが出来ます・・・・新芽です・・・・・。

 ゆっくり春が目覚めると同時に木も春に目覚めていきます。
その頃の 木の芽は生まれたれの赤ん坊のように初々しくもありかわいらしいものです!



その芽が 暖かくなると同時にゆっくり膨らんで緑の葉をだします!
この頃の小さな葉っぱは、まるで宝石のように輝かんばかりの緑色しています。その小さな中に生命の不思議を沢山詰め込んでいるように見えます。

 やがて少しづつ大きくなって 葉がしっかりと開くと 森中が若葉の香気で一杯になります。
どこを歩いても 若葉が目に痛いほど鮮やかで その中で光の精が遊んでいるかのように・・・・・・

 差し込んでくる光を森が包み 森の中の幼稚園のように 光と戯れ遊んでいるのが見られます。

 紅葉の季節 一年中で森が一番騒がれる季節ではないかと思いますが、この季節の森は紅葉にまったく引けを取らないほどの輝きがあります。むしろ 森中に生きる力が満ち溢れていてこの季節の方がすばらしい季節だと思います。

 そして夏 葉の上に一杯光を浴びて生命の糧を作りだしています。

 ここまで 書いてきてどうして葉っぱなんだろう・・・・?

 そんな自分への疑問も少し解けてきたような気もします。
葉っぱは、木にとって生命の営みそのものなのではないでしょうか?

私たちが大地に根をはって生きるように、木という一つの世界で生きている小さなそれぞれの命そのもののような・・・・すこし極端なイメージですが、そんな 生きているエネルギーに満ちている・・・・・・気がします。


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 どこにでもある葉っぱですが、私たちが地球上のあらゆるとこに住んでいるように・・・また 私たちもその中で 一人一人は小さな存在です。

 葉っぱも 有象無象の中の一枚である・・・・・だたの 「葉っぱ」ですが、その小さな存在の一枚一枚が 生命の輝きそのもののような気が致します。
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by squeu | 2005-05-29 16:33 | 葉っぱの会 | Comments(13)