今年も紅葉の季節に・・・・

11月終わり、私の住んでいる地域では、今紅葉狩りまっさかりというところだと思います。

一応、私も近くのスポットへ行こうかと思いましたが、ちょっとしたところでも渋滞になります。
みなさん、紅葉が好きなんだな! そう妻と話しながら渋滞に我慢できずに、結局いきませんでした。
まあ、どうせ人ごみの中で紅葉を撮るのも集中できませんので、それはそれで全く問題ないのですが、そう言ったわけで毎年私が撮る紅葉は、ピークを過ぎてあまり綺麗ではありません。

と、言うことで今回は、「紅葉の季節に・・・秋の実」をお送りしようと思います。
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秋になると、いろんな実がなります。
我々にとっては、花など鮮やかなものが、観賞のメインとなりますが、草花や木にとっては、花は実を付けるためのプロセスであり、メインとなるのは実なのかもしれません。

しかし、一番艶やかなのが花の季節というのは人間も動物も、そして草や木々も同じであるのかもしれません。

静まり返った朝の雑木林、一見なにもないと思われる中に、枝にひっそりと実を付けています。
誰も気がつかないというのは、大袈裟な言い方であると思いますが、やはり花等に比べるとその注目度は、随分落ちるのではないでしょうか?
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かく言う私も、実が好きなわけでもありませんし、はっきり言って写真を撮らなければそれほど真剣に見ていないのではと思います。
写真にしても、他に撮るものがないので撮っているようなものです。

ここで一つ疑問が湧いてきます。
「何故、写真を撮るのか?」
実のところ、それほど深い意味はないと思います。なんとなくです。
綺麗なものを撮りたいとか、感動するものを撮りたい! そう思って写真を撮る人が多いと思います。少なくとも何らかの、目的を作っている人が多いと思います。
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それは「花、蝶、虫、雄大な自然、街、人」など、様々であると思いますが、私の場合はそのところが、はっきりとしていません。
あえて言うなら、なんとなく撮っている。と言ったところです。
ですから、綺麗な景色のところに出かけることもありませんし、何かを狙って撮りにいくこともほとんどありません。

そう考えると撮っている行為自体の目的が、ほとんどないわけですから、実に不思議であると時々感じます。
そして、誰に見せるわけでもありません。 そう言う意味ではこのブログも似たようなものであると思います。
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そんなことを考えながら、雑木林の中を歩いて行くと、ひっそりとみを付けている木々があります。
木々は、この実のために花を咲かせているんだ。 そしてそれはある意味今年の集大成である。その集大成は、実にひっそりとしたもので、これが生命の営みということであるのか?
そんな風に改めに感じます。

目を凝らすと、紫、赤、黒、黄金色など様々な色の実があります。
誰が見ているわけでもない雑木林の中で・・・・そう見せるために実を付けているわけではないのです。
私の写真とは、まったく違いますが、そのひっそり感だけは非常に似ていると思い、少しおかし味をかんじます。
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私が撮っているものは、そこらへんにある何の変哲もない。きっと他人からすればありきたりでどうでもいいと思われる写真だと思いますが、この実も言葉を変えれば同じだとも言えます。

結局のところ、人に重要であるかどうかと言うのは、実はどうでもいいことなのかも知れません。
問題は、本人に重要かどうかなのでしょう。

「心のシャッター」と言う言葉があります。
私は、何年か写真を撮らない時期がありました。
まあ、海外への赴任やら出張等で、少し一眼レフから遠ざかっていたのですが、しかし写真を撮らなかった時期が問題であると思ったことは、実はありません。

感じたものを写真にするか、目に焼き付けるかだけの違いであるように思います。
きっと、問題は感じるかどうかで、その延長線上に写真があるのだろうと、自分自身思っています。
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人のほとんどいない雑木林で、木の実を見ながらそんなことを考えました。
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by squeu | 2013-11-24 22:11 | 雑木林


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